説教 和訳:神を知ることと従順
日付:2025年12月14日 場所:西那須野教会 聖書箇所:歴代誌下 7章14節 メッセージのテーマ:神の知識と従順
皆さま、おはようございます。 神様の御言葉を分かち合う機会をいただけたことをうれしく思います。アンクル・ティモ、ジョナサン、潘牧師、そしてアジア学院に、この機会を与えてくださったことに感謝します。私はインド、アッサム州ボロランド自治区ボロ・コミュニティ出身のジェレミヤです。
私は2019年にアジア学院の学生として参加しました。現在は、自然農法の現場責任者兼指導員として働いています。卒業後、私は支援団体であるボロ福音ルーテル教会、農民生産者組織(Farmers Producer Organization)、プリシラ・センターで、アッサム州やアルナーチャル・プラデーシュ州のボロ族、ナガ族、その他のいくつものコミュニティの人々と共に働きました。
ボロ族はアッサム州の主要な先住民族の一つで、主にブータンとアルナーチャル・プラデーシュ州に接する北部地域に住んでいます。私は、新型コロナウイルス感染症で職を失った帰郷者、アッサム州の洪水被害を受けた農民、そしてアッサム州とアルナーチャル・プラデーシュ州の他の農民たちに、農業における化学物質の危険性、有機農業の利点、気候変動、堆肥の作り方、そして有機的に作物や野菜を育てる技術について、啓発と訓練を行うことができました。
今年は、アジア学院コミュニティでのサーバントリーダーシップの実践と振り返りを通して学びを深めるために、トレーニングアシスタントとして戻ってきました。定期的に神の御言葉を読むことによって、霊的な振り返りも行っています。今日は、神を知ること、そして神の命令に従うことの重要性についての私の振り返りを分かち合いたいと思います。
旧約聖書の歴史を読み進めると、選ばれた民としてのイスラエル人の興亡に、私の心は何度も揺さぶられます。彼らが神を見上げなくなったとき、神は彼らを敵の手に引き渡され、彼らが罪を悔い改めたとき、彼らは再び力を取り戻しました。
イスラエルの歴史から、私たちは神様が全てを治める方であり、すべてが神の支配の下にあることを学びます。私にとっては、あなたが、また私自身が何を信じているのか知ることはとても大切です。
インドにおいて、ヒンドゥー教徒は3億3千万の神々と女神がいると信じています。それぞれの神は一柱一柱が異なる性格を持ち、信じる者に異なる捧げものを求めます。彼らは、決して神々を満足させることはできないと言います。一つを満足させても、別の神が非常に嫉妬し、信者を攻めることになるからです。
私たちキリスト教徒は、父、子、聖霊の三位一体の唯一の神がおられると信じています。私たちは、神様が初めであり、かつ終わりであり、全てを創られた方であると信じています。
私たちはまた、神様がイスラエルの民を、世界の他のすべての民への祝福を告げるチャンネルとして選ばれたと信じています。預言者サムエルの指導の下、サウルは最も小さな部族であるベニヤミン族からイスラエルの初代の王として選ばれ、油注がれました。神は彼を御民の指導者として選ばれたのです。サウルは神を知っていましたが、神の命令に完全に従うことができず、その結果、彼の子孫はイスラエルの王位を継ぐことができませんでした。
神様は、ベツレヘム出身のエッサイの末っ子の息子である羊飼いの少年ダビデに王権を与えられました。聖書は、彼が神を知っていただけでなく、心から神の命令に従ったと教えています。彼は人生で多くの困難に直面し、野生の動物や巨人ゴリアテと戦わなければなりませんでした。彼は彼の義理の父サウル王から、そして彼自身の息子アブサロムからも命をかけて逃げなければなりませんでした。
彼は、彼の生涯で神を最も先に置いたので、これらの命を落としかねない危機から逃れることができました。その結果、神は彼を「わたしの心にかなった者」と呼びました。彼は、すべての事柄、はかりごと、行いにおいて、まず神に尋ねる習慣を持っていました。ぜひサムエル記と列王記の記述から彼についてより深く知ってください。
ダビデは間違いなく、子どもたちに神を畏れ、その命令に従うように教えたと私は信じています。私たちには、彼の子どもたちの何人がその教えに従ったかは聖書の記述から分かりませんが、少なくとも彼の息子の一人であるソロモンは従いました。
王国がダビデの別の息子アブサロムとアドニヤの手に渡りそうになったこともありました。しかし、神は彼らの手に王国を与えることはありませんでした。神は、預言者ナタンの指導と指示の下でソロモンの母バトシェバにダビデ王に近づくよう助言し、ソロモンに王位を与えられました。
私たちは、神が牧師、伝道者、宣教師、そして聖霊が優しくささやきかけてくれている時でも、私たちに与えられる御言葉に耳を傾けることができない時が多くあります。
ここでは、預言者ナタンの助言を聞き入れたバトシェバが、ダビデ王に近づいているのが分かります。ダビデ王はバトシェバの願いを聞き入れました。その結果、彼女の息子ソロモンがイスラエルの第3代の王となります。私たちは、神が私たちの前にそなえられた人を通して私たちに贈られる神の御言葉に耳を傾けているでしょうか?
ソロモンがイスラエルの王になった後、彼はギブオンで神に呼びかけました。神は夢の中で彼に現れ、彼が望むものは何でも与えると尋ねられました。ソロモンは、神の民を治めるための知恵を求めました。彼は、健康や富、敵の滅びを求めませんでした。神はソロモンの祈りに喜ばれました。列王記上 3章にあるように、神は彼に知恵だけでなく、健康と富も与えられました。
私は、彼が過たずに父ダビデ、母バトシェバ、そして預言者ナタンから、神の恵みを得る秘訣を学んだのだと信じます。彼は、イスラエルの民を治めること、そして神の神殿を建てることにおいて、神を求めるようにという父ダビデが彼に与えたすべての指示に従いました。
ソロモンが祈りをもってエルサレムの神殿を奉献したとき、神は彼の祈りを聞かれ、夢の中で二度目に彼に現れ、「もし、わたしの名をもって呼ばれているわたしの民が、へりくだり、祈り、わたしの顔を求め、彼らの悪の道から立ち返るなら、わたしは天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒そう」と言われました。この聖書箇所、歴代志下 7章14節は、この20年、私の愛唱聖句の一つとなっています。
ソロモンは神を知っていたので、神の恵みを勝ち取り、その時代で最も賢く、最も裕福で、最も有名な王になりました。神を知り、神の命に従うことが、すべてを変えるのです。
私は、神様が聖霊を通して優しくささやき、私たちに語りかけておられることがしばしばあると信じています。「もし、わたしの名をもって呼ばれているわたしの息子、娘たちが、へりくだり、祈り、わたしの顔を求め、彼らの悪の道から立ち返るなら、わたしは必ず注意を払い、耳を傾け、彼らの罪を赦し、彼らの傷を癒し、彼らに良い健康を与え、彼らの問題を解決し、彼らのすべての必要を満たそう」、と。
私が毎年繰り返し行っている目標の一つは、「年に一度、聖書全体を読む」ことです。これを通して、私は聖書に出てくる神に身をささげる男女の生涯から、神が私に備えられた御心を知り、私たちのコミュニティと神の愛を分かち合うためのひらめきを得ています。ダビデの人生の物語は、私に神の愛のメッセージを他の人々に伝えるよう試みを与えます。
ある人が言いました、「私たちが神の御言葉を読むとき、神様は私たちに語りかけてくださり、私たちが祈るとき、私たちは神様に語りかけます」。私が毎日聖書を読むとき、神様との近しい関係を持つことで、自分が新しくされていると感じます。時には私には意味が分からないこともあります。それでも、私は習慣として続けています。これが私が培っている良い習慣の一つであると信じています。もし私が神の御言葉を読まなければ、私、私の家族、そして私のコミュニティに対する神の御心をどうして知ることができるでしょう?
列王記上 1章と2章には、ダビデが王位から退き、息子のソロモンにそれを譲ったことが書かれています。神はまた、王としていさおを立てるために、主のすべての命令に従うようにソロモンに命じました。ダビデ王は神について適切な知識を持ち、神の命令に従い、成功した力強い王になりました。彼は、自分の子どもたち、家族、そしてすべてのイスラエル人に教訓を与えることを怠りませんでした。私たちはダビデ王からどんな教訓を学べるでしょうか。
神様はダビデの信仰と従順を非常に喜ばれました。神様はダビデの末を選び、御子イエス・キリストを遣わし、世を罪から救われました。
ゆえに、私たちはイエス様の最初のご降臨としてクリスマスを祝うことができる幸運を受けています。ノア、アブラハム、モーセ、ナオミ、ルツ、ボアズ、ダビデ、そしてその他の多くの旧約聖書の信仰の担い手たちが、私たちにこのクリスマスをもたらしました。
マリアとヨセフ、エリザベトとザカリヤ、バプテスマのヨハネ、イエスの弟子たち、パウロ、バルナバ、ピリポ、中風の男をイエスのもとに連れてきた4人の男、テモテの母と祖母、そしてその他大勢の新約聖書の信仰の担い手たちが、イエス様の最初の降臨をメッセージとして伝えてきました。今度は、私たちが、このクリスマスのメッセージを現在に、そして未来の世代に伝える番です。
神を信じる皆様、もし私たちが自分の人生、家族、コミュニティに対する神の御心を知りたいのであれば、私たちはへりくだり、祈り、神の顔を求め、そして私たちの悪行から立ち返る必要があります。そうすれば、神は天から聞いてくださり、私たちの罪を赦し、ソロモン王に約束されたように、私たちに良い健康と富を与えてくださるでしょう。
最後に、私が1994年に聖書学校にいたときに学んだ「幸福への日々のガイド」に従うことをお勧めします。そして、アジア学院もまた、これらを実践していることに気づきました!
神に祈りましょう: それは地上で最も大きな力です。
愛しましょう: それは神から与えられた恩恵です。
読みましょう: それは知恵の源です。
考えましょう: それは力の源です。
友として歩みましょう: それは幸福への道です。
与えましょう: 自らのためだけに使うには一日は短すぎます。
おおいに遊びましょう: それはあなたの健康を保ちます。
笑いましょう: それは魂の音楽です。
働きましょう: それは後の成功の代価です。
神の祝福がありますように。